「地方で働くこと」に目を向ければ新たな幸福モデルが見えてくる

現在、地方経済は大きな転換期にある。東京集中型の経済モデルが限界を迎えつつある中、地方がみずから成長し、成果を出すべき時代に入ったともいえる。それにいち早く気づいた地方自治体や地方企業ほど、優秀な人材を招き入れるべく、さまざまな工夫をしているのだ。「地方創生」によるUターン・Iターンが加速している今、地方ではどのような人材を求めているのだろうか。みずからも地方創生事業に携わる冨山和彦氏にお話をうかがった。

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(写真=The 21 online/冨山和彦(経営共創基盤[IGPI]代表取締役CEO))

「地方には仕事がない」は大きな誤解だ!

安倍政権が「地方創生」を政策として掲げる中、UターンやIターンへの関心が高まっている。その一方で、「地方は仕事がなく、人手も余っていて就職先が見つからないのでは」と考える人も多い。だが、地方企業の経営改革や成長支援に携わってきた冨山和彦氏は、「その認識は大きな誤解だ」と指摘する。

「地方では人手が不足している。それが現実です。東京より先に高齢化が進み、人口全体の減少ペースを上回る速さで生産年齢人口が減少しているため、仕事の求人に対して、圧倒的に労働人口が足りないのです。

確かにバブル崩壊後の20年強は、地方も含めて全国で人が余っていました。ところが団塊世代の大量退職を機に、一気に人手不足が進んだ。とくに深刻なのが地域密着型のサービス業です。鉄道やバスなどの交通機関、医療や介護、小売りや飲食など、労働集約型産業はどこも人手が足りていない。私も東北と北関東で公共交通会社の経営に携わっているので、この現状を肌身で感じています」

地方の人手不足を解消するには、労働生産性を高めることが必須だと冨山氏は話す。

「仕事はたくさんあるのに、地方の人が都会へ出て行くのは、仕事の質に問題があるから。もちろん、地方にも生産性の高い優秀な企業はありますが、“低賃金・長時間労働” で商品やサービスを安売りする会社もまだ多く、より良い仕事を求め都市部に労働人口が流出するのです。

労働生産性が低い理由の一つは、産業特性にあります。先ほど挙げたサービス業はとくに、地域への密着度で優位性を保てるため、完全競争が成り立ちにくい。まずくてサービスが悪い飲食店でも、駅中や駅近など立地が良い場所にあればやっていけるので、生産性の低い会社でも淘汰されずに生き残ってしまいます。

もう一つの理由は、経営の問題です。人が余っていた時代は、労働生産性が低い企業でも、なるべく潰さず雇用の受け皿になってもらう必要があった。さらに、地方経済に陰りが見えてきた頃も、失業者を顕在化させないため、政府は各種の助成金や信用保証協会による融資によって、こうした企業を延命させてきた経緯があります。

ところが、労働市場の需給バランスが逆転したことで、労働生産性が低いままでは経営が成り立たないことに企業も気づき始めた。最小限の人手と労働時間で効率良く稼ぎ、従業員の賃金を上げるために経営を改革しなければ、人手不足はさらに深刻化するだけです」

「力を発揮したい」からこそ、地方を目指す

そこで今、地方の企業で求められているのが、経営改革を担える優秀な人材だ。とはいえ、スーパーエリートやカリスマ的リーダーである必要はない。

「ビジネスパーソンとしての基礎能力が身についていれば、十分戦力になる。管理職の経験があれば、マネジメントスキルも生かせるでしょう。

ローカルの世界では、グローバルの世界のように複雑で最先端な戦略論は求められません。

サービス業などの現場型の事業が多いので、真面目にコツコツとPDCAを回し続け、オペレーショナルエクセレンスを実現するほうが大事です。

労働生産性が低いということは、改善の余地が大きいということ。だから当たり前のことを当たり前にやるだけで、高い成果を出せる可能性がある。東京で同じ仕事をするより、勝率ははるかに高いのです。経営に関わる意志と地道に努力する意欲があれば、誰でも優秀な経営人材として貢献できるでしょう」

こうした地方のニーズを受け、国や自治体もU・Iターンを希望する人と地方の企業をつなぐ事業に力を入れ始めている。

「地方創生を推進する内閣官房『まち・ひと・しごと創生本部』では、都市部で働く人材と地方の企業をマッチングする事業を行なっています。また、2015年には、官民ファンドの子会社として『日本人材機構』を立ち上げ、同様の人材マッチングを行なっています。

ただし、両者をただ引き合わせればうまくいくわけではありません。重要なのは、企業の側に戦略があるかどうか。ビジネスモデルをどう展開していきたいのか、何を改善したいのか。それを明らかにしなければ、転職希望者も自分がその会社で活躍できるかどうか判断ができません。ですから日本人材機構では、企業側の戦略を明確化するために、かなり丁寧なコンサルティングを行なっています」

日本人材機構では冨山氏も社外取締役を務めているが、「地方企業への転職を希望する応募者は予想以上に多い」と話す。

「しかも、30代や40代の働き盛りの世代が多い。当初は、リタイアが近づいてきて第2の人生を考える年代が中心になるかと思っていたのですが、この点は意外でした。

応募の理由はさまざまですが、『自分が力を発揮できる場所が他にもあるのではないか』と考える人は多いですね。大手グローバル企業では、国内での競争を勝ち抜き、さらに世界での競争を勝ち抜いて、ようやくひと握りの人間だけが経営層に入れる。中間管理職世代になり、自分が将来そこに入れるのだろうかと考えたとき、地方の会社が選択肢に入ってくるのでしょう。

地方は中堅・中小企業が多いので、比較的早い段階で上のポジションに就けます。大手企業では部課長クラスだった人が、地方の企業なら副社長や事業部門長などの高い地位で迎えられることも珍しくない。巨大な組織の駒として埋没するより、小さな組織であっても経営に近いところで働くほうがメリットは多い。そう考える人が増えているのではないでしょうか」

人生の幸福モデルが変わろうとしている

30代や40代なら、地方の会社に転職しても、収入はそれほど下がらないことが多い。都市部の大手企業でも、この世代の賃金は上がっていないことに加え、前述のとおり、地方の企業に転職すると役職が上がることも多いためだ。

「それに地方は生活コストが低い。だから東京に住んでいた頃より収入が多少下がっても、生活レベルは変わらないか、むしろ良くなる人もいるはずです。物価も住居費も高い東京では、自分の稼ぎだけで子供を育てるのが難しい人も増えている。だったら地方で暮らすほうが家計に余裕が生まれ、幸せな子育てができるかもしれません。

これまで日本人は、『地方から東京、東京から世界』を目指すことが唯一の幸福モデルだと信じてきました。地方出身者が東京の大学に進み、東京の大手企業に入り、やがてグローバルで成功して故郷に錦を飾る。これが幸せな人生だと考えている人はいまだに多いはずです。

しかし、その均質的な価値観から解放されれば、地方で暮らしながら楽しく豊かな人生を送れるかもしれないのです。人口減少による人手不足というパラダイムシフトが起こっている今、その選択肢を考えてみる価値は大いにあると思います」

冨山和彦(とやま かずひこ)経営共創基盤CEO
1960年生まれ。ボストン コンサルティング グループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年産業再生機構設立時にCOOに就任。解散後、経営共創基盤(IGPI)を設立。現在、オムロン社外取締役、ぴあ社外取締役、みちのりホールディングス取締役、 経済同友会副代表幹事、財務省・財政投融資に関する基本問題検討会委員、内閣府・税制調査会特別委員、文部科学省・国立大学法人評価委員会「官民イノベーションプログラム部会」委員、経済産業省・「稼ぐ力」創出研究会委員などを務める。
著書に、『ビッグチャンス』『なぜローカル経済から日本は甦るのか――GとLの経済成長戦略』 『IGPI流 経営分析のリアル・ノウハウ』(以上、PHP研究所)、『稼ぐ力を取り戻せ!――日本のモノづくり復活の処方箋』(日本経済新聞出版社)などがある。(取材・構成:塚田有香 写真撮影:永井浩)(『 The 21 online 』2017年3月号より)

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