(本記事は、守屋洋氏の著書『ピンチこそチャンス 「菜根譚」に学ぶ心を軽くする知恵』小学館の中から一部を抜粋・編集しています)

上品
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何ごとも控えめがよい


 何ごとにつけ、余裕を持って控えめに対処せよ。そうすれば、人はおろか、天地の神々も、危害を加えたり、禍(わざわい)を下したりはしない。
 事業でも功名でも、とことん追求してやまなければ、どうなるか。内から足を引っぱられるか、外から切り崩されるかして、いずれにしても失敗を免れない。

事々(じじ)、個(こ)の有余不尽(ゆうよふじん)の意思を留(とど)むれば、便(すなわ)ち造物(ぞうぶつ)も我を忌(い)む能(あた)わず、鬼神(きしん)も我を損する能わず。若(も)し業必(ぎょうかなら)ず満(み)つるを求め、功(こう)必ず盈(み)つるを求むれば、内変(ないへん)を生ぜざれば、必ず外憂(がいゆう)を召かん。(前集二〇)

  • 造物 天地や万物を造ったとされる造化の神。
  • 内変 内部から背かれること。

事事留個有余不尽的意思、便造物不能忌我、鬼神不能損我。若業必求満、功必求盈者、不生内変必召外憂。

無理をしないでマイペースで生きていく。これが人生を無事完走する秘訣なのだというのです。

たしかに高望みなどすると、身も心もすり減らすし、人の怨みを買って足を引っぱられることも多くなるでしょう。それを考えると、心の安まる暇もなくなります。

なかには、なんとしても上を目指そうとする人もいるかもしれません。私もそんな生き方を必ずしも否定するものではありません。ただし、行く手には今いったような落とし穴が待っていることぐらいは覚悟してかかったほうがよいでしょう。

その点、身の丈に合った生き方を心がけますと、心に余裕が生じてきます。私はどちらかというと、こちらのほうに与(くみ)したいですね。

程度の問題もあるにせよ、こんな生き方もあるということを頭に入れておいてください。

人に多くを期待するな


 人を叱責するときには、あまり厳しい態度で臨んではならない。相手に受け入れられる限度を心得ておくべきだ。
 人を教え導くときには、あまり多くを期待してはならない。相手が実行できる範囲内にとどめておくべきだ。

人の悪(あく)を攻(せ)むるには、太(はなは)だ厳(げん)なるなかれ、その受(う)くるに堪(た)えんことを思うを要す。人を教(おし)うるに善を以(も)ってするは、高(たか)きに過(す)ぐるなかれ、当(まさ)にそれをして従うべからしむべし。(前集二三)

攻人之悪、毋太厳、要思其堪受。教人以善、毋過高、当使其可従。

人には寛容でありたいものです。

しかし、だからといって、なんでも「いいや、いいや」になったのでは、あまりにも「寛」に過ぎて、かえって弊害のほうが大きくなる恐れがあります。それを避けるためには「厳」、すなわち時には注意したり叱ったりすることも必要になります。

そんな場合、変に感情的になって声を荒げたりするのは、いたずらに相手の反発を買って、かえって逆効果になります。

要は、相手がわかってくれればそれでよいのです。

とくに組織のなかでは、上に立つ者が「寛」だけになったのでは、甘えや馴なれ合いが生じ、組織の体(てい)をなさなくなっていきます。それを引き締めるためには、どこかに「厳」を入れておく必要があります。

問題は、その入れ方です。これにも、それなりの工夫が必要になるでしょう。

たとえば、厳しいことをいいすぎたかな、と思ったら、あとで、「どうだ、元気でやっているか」と声をかけてやるとか、何か相手のいい点を見つけてほめてやるとか、そんなアフターケアも考えられていいでしょう。

要は、相手のやる気を引き出すような、そんな叱り方ですね。

こんなかたちで、「厳しさ」と「優しさ」のバランスを取っていきたいものです。

後段のくだりは、次の世代を育てる心得です。

人間にはそれぞれ天分というものがあります。それを無視して過大な期待をかけると、かえって本人をつぶしてしまうことにもなりかねません。そのあたりにも留意しながら、次の世代を育てていきましょう。

部下への接し方もむずかしい時代です。とはいえ、ハラスメントにならないようにと遠慮ばかりしていたら、組織が立ち行かなくなりますし、相手のためにもなりません。

次のことばもぜひ参考にしてみてください。

「功過(こうか)は少しも混(こん)ず容(べ)からず。混ずれば則(すなわ)ち人、惰隳(だき)の心を懐(いだ)かん。恩仇(おんきゅう)は太(はなは)だ明(あきら)かにすべからず。明かなれば則ち人、携弐(けいじ)の志(こころざし)を起こさん」(前集一三六)

功績と過失の評価をあいまいにしてはならない。そんなことをすれば、部下はやる気を失ってしまう。

好悪の感情をあからさまにしてはならない。そんなことをすれば、部下の心をとらえることができない。

「完名美節(かんめいびせつ)は、宜(よろ)しく独り任(にん)ずべからず。些(いささ)かを分かちて人に与うれば、以(も)って害(がい)を遠(とお)ざけ身を全(まっと)うすべし。辱行汚名(じょくこうおめい)は、宜しく全く推すべからず。些かを引きて己(おのれ)に帰(き)すれば、以(も)って光(ひかり)を韜(つつ)み徳(とく)を養(やしな)うべし」(前集一九)

名誉は、独り占めせず、少しは人にも分けてやるべきだ。そうすれば、振りかかる危難を避けることができる。

悪評は、すべて人に押しつけず、少しは自分もかぶるべきだ。そうすれば、いっそう人格を向上させることができる。

信賞必罰をもって臨み、えこひいきしない。手柄は部下に与え、責任は自分が取る。そんな上司でありたいものです。

比較
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他者と比べて自分を知る


 人の境遇はさまざまであって、恵まれている者もいれば恵まれていない者もいる。どうして自分一人だけすべての面で恵まれることを期待できようか。
 自分の心の動きもさまざまであって、道理にかなっている場合もあればかなっていない場合もある。それなのに、どうしてすべての人々を道理に従わせることができようか。
 自他を見比べながらバランス感覚を働かせるのも、処世の便法なのである。

人の際遇(さいぐう)は、斉(ひと)しきあり斉しからざるあり、而(しか)して能(よ)く己(おのれ)をして独(ひと)り斉しからしめんや。己の情理(じょうり)は、順(じゅん)なるあり順ならざるあり、而して能く人をして皆順(みなじゅん)ならしめんや。此(これ)を以(も)って相観対(そうかんたい)治(じ)せば、またこれ一(いち)の方便(ほうべん)の法門(ほうもん)なり。(前集五三)

  • 際遇 境遇と同じ。
  • 相観対治 見比べてバランスを取ること。
  • 方便 一時しのぎ。

人之際遇、有斉有不斉、而能使己独斉乎。己之情理、有順有不順、而能使人皆順乎。以此相観対治、亦是一方便法門

どんな職業についているかにもよるのですが、人生の明暗が分かれていくのは四十代のころでしょうか。五十歳ともなれば、その違いは誰の目にもはっきりと見えてきます。

社会人としてしかるべき地位に位置づいている人もいれば、不本意な地位に甘んじている人もいるはずです。人には能力の違いもあるし、運不運などという得体の知れないものもからんできますから、明暗が分かれるのも致し方ないことかもしれません。

問題は、恵まれない状態に追い込まれたときです。

なかには、自分の責任は棚に上げて、不満をつのらせたり、他者を怨んだりする人もいますが、これはあまり賢い対応だとはいえないでしょう。

孔子(こうし)という人は、若いときから苦労の連続で、けっして恵まれた生涯を送った人ではありません。その孔子が『論語(ろんご)』のなかで、こう語っています。

「貧(まず)しくて怨(うら)むなきは難(かた)く、富(と)みて驕(おご)るなきは易(やす)し」(憲問(けんもん)篇)

貧乏していても人を怨まない、これはむずかしい。金持ちになっても人を見下さない、こちらのほうがまだやさしい。

孔子といえども、長い不遇な生活のなかでは、人を怨みたくなる気持ちになったのかもしれません。このことばは、そういう辛い体験がいわせた述懐のように思われます。

孔子のような人ですらこうですから、ましてわれら凡人はなおさらです。人を怨んだからといって、一概には責められないかもしれません。

孔子のために弁明すれば、やがてこの人は「天を怨(うら)みず、人を尤(とが)めず」(憲問篇)という心境に突き抜けていきました。自分が不遇だからといって天を怨んだり、人のせいにして咎(とが)めたりせず、自分の足りないところを省みて、さらに修養に励もうというのです。

このあたりは大いに見習いたいものです。

自分を中心にして世の中を見ていると、どうしても判断が歪んでしまい、あらぬ方向へ暴走しがちです。

まわりを見れば、恵まれていないのは自分だけではないことがわかりますし、人の境遇と比べてみることで、自分がどれほど不運なのか、あるいは、それほど不運ではないのかも見えてきます。

『菜根譚』がここで語っているのは、これはこれで、実践的な対処法といってよいでしょう。少しは心の安らぎを取りもどすことができるかもしれません。

人生はまだ先が長いのです。むしろ本番はこれからといってよいでしょう。

今は不遇でも、投げ出す必要はありません。気持ちを切り替えて後半生にチャレンジし、自分の立つ位置を見つけていきたいものです。

ピンチこそチャンス
守屋 洋
著述家、中国文学者。1932年、宮城県生まれ。東京都立大学大学院中国文学修士課程修了。書籍の執筆や講演等を通して中国古典をわかりやすく解説。SBI大学院大学で経営者・リーダー向けに講義を続けている。著書多数。

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